「大事を前にして小事にこだっている場合ではない 」大行不顧細謹、大礼不辞小譲

大行は細謹を顧みず、大礼は小譲を辞せず

―大行不顧細謹、大礼不辞小譲―

[原文](史記)
樊噲曰、「大行不顧細謹、大礼不辞小譲。如今、人方為刀俎、我為魚肉。何辞為。」於是遂去。
[書き下し文]
樊噲曰はく、「大行は細謹(さいきん)を顧みず、大礼は小譲(しょうじょう)を辞せず。如今(いま)、人は方(まさ)に刀俎(とうそ)たり、我は魚肉たり。何ぞ辞せんや。」と。是に於いて遂に去る。
[原文の語訳]
樊噲は「大きなことを行うときに些細な謹みなど顧みません。大きな礼節を行うには小さな謙譲など問題ではありません。今、まさに相手は包丁やまな板であり、我々は魚や肉なのです。どうして(命を狙っている項羽のところ再び戻って)辞退の挨拶をすることがありましょうか。(それこそ命を落とすことになります) 」と言った。こうして、(劉邦は決断して)遂に立ち去った。
[解釈]
項羽と劉邦「鴻門の会 」の一コマ。大事を前にしては小事にこだわる必要がない。
小軍が大軍を迎え撃つのに、礼に反すると大軍の体制が整うのを待っていては奇襲攻撃はできないですし、先制攻撃も数の原理で跳ね返されるのが常で、たとえ義にかなっていても小が大に勝ることなどできません。
組織として千載一遇の大きなビジネスチャンスに直面した時に、杓子定規通りに丁寧に上司の決済を仰いでいる余裕はなく、即断即決する勇気が必要な時もあるかもしれません。ただし、決断できる権限を実行することは、同時に責任を負う義務があることを忘れてはいけません。
政治でも「国家プロジェクトのためには一部に負担を掛けるのは致しかたない」と断行することがあります。「後から正当化できる」「理解してもらえるはずだ」という考え方は、この一文を独善的に都合よく解釈している感じですね。
リーダーは組織の危機的場面に遭遇した時には、プライドにこだわらず周囲の意見に耳を傾けて採用する謙虚さも必要です。そして、そういうリーダーを守るべく殿を務めてくれる部下もついてきてくれるものです。
この意味合いの一文は散見されます。「小忍ばざれば則ち大謀を乱る(小さなことを我慢できないと、大きな仕事をし損じる)」(論語)、「小利を顧みるは則ち大利の残なり(目先の小さな利益に惑わされないように)」(韓非子)、「獣を逐う者は目に太山を見ず(獲物を追うことに熱中していると、自分が巨大な泰山にいることを忘れてしまう)」(淮南子)などが近いでしょうか。
[参考]
「大事」か「小事」か~靖国とか竹島とか、ちょっと尖閣も:春風得意

[中国古典一日一言]

今日の一言は「中国古典一日一言」守屋洋(著)から、同月同日の一言をもとに自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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