「相手に高望みしなければイライラも抑えがきく」攻人之悪、母太厳

人の悪を攻むるには、太だ厳なることなかれ

―攻人之悪、母太厳―

[原文](菜根譚)
攻人之悪、母太厳、要思其堪受。教人以善、母過高、当使其可従。
[書き下し文]
人の悪を攻むるには、太(はなは)だ厳なることなかれ、その受くるに堪えんことを思うを要す。人に教うるに善をもってするは、高きに過ぐることなかれ、それをして従うべからしむべし。
[原文の語訳]
人の過ちを批判するときには、厳しすぎてはならない。相手がそれを受け入れられるかを考えるべきである。人を指導するときにも、目標が高すぎてはならない。従うことのできる目標を与えるべきである。
[解釈]
全文では、期待をかける相手に善意のアドバイスであっても厳しく叱責しすぎたり、高いレベルでの要求であってはいけない。反発を招いたり、できないことを要求されたことが恨みとなり、後の禍根になることもあるからです。
ここでも「過ぎたるは…」との忠言です。叱責や要求の中身が厳しすぎると復活や成長の芽を積んでしまうかもしれません。刑罰ではないですから厳しくするにしても、極端に走らずに少し余裕をもたせる寛容さが必要です。
叱責するときでも相手の立場になってみる主観以外の考えが重要ですし、そもそも自分が相手をきちんと理解できているかも必要です。理解できずに無理な要求してしまった自分にも非があるのかもしれません。
できる人はまずは相手を肯定した上で「でもね」と、やんわりアドバイスをします。頭ごなしに自分の考えを押し付けたり、聴く耳をもたなかったり、間違っても人格を否定することは絶対にしてはいけないです。
後進を育てるためには、教える側も目指す目標に向けて基礎となる小さなハードルを地道にクリアさせる努力が必要です。そのためにも失敗や未熟さに対するイライラを抑える気持ちが大事です。数ステップをいきなりスキップすることは稀だと思わなくては。
[参考]
中国古典 菜根譚

[中国古典一日一言]

今日の一言は「中国古典一日一言」守屋洋(著)から、同月同日の一言をもとに自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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