「非難するより自己修養」修己而不責人則免於難

己を修めて人を責めざれば、則ち難より免る

―修己而不責人則免於難―

[原文](左伝)
修己而不責人則免於難
[書き下し文]
己を修めて人を責めざれば、則ち難より免る
[原文の語訳]
修養を心がけ他人を責めなければ、災いはやってこない
[解釈]
口は災いの元です。他人を批判してもブーメランとなって自分に返ってくるものです。
ただし、受け入れるだけで押し黙ったままでいると、存在感が薄まり、しいては饒舌で謀略に長けた人物にしてやられる可能性もあります。木鶏のごとく修養するにも、他に付け入る隙を与えないようにもしないといけません。
大事が起きた際に、これといって積極的に何をしていたこともないのに「自分は取り組んでいた」と自己弁護する一方で「関係者は何をしていたんだ」などと、周りを避難するトップには困りものです。
[参考]
にっぽん 修己而不責人 則免於難
己れを修めて人を責めざれば、則ち難より免る。 – 味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

[中国古典一日一言]

今日の一言は「中国古典一日一言」守屋洋(著)から、同月同日の一言をもとに自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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