「自分を斜め上から観察する」自見之謂明

自ら見るをこれ明と謂う

―自見之謂明―

[原文](韓非子 喩老)
自見之謂明
[書き下し文]
自ら見るをこれ明と謂う
[原文の語訳]
自分のことが分かることを明知と言う
[解釈]
自分自身のことを知っていることを明知というと言うことです。
自分のことは実は自分がいちばんわかっていなかったりします。それが分かるということは明晰であるということです。
できる人は自分を客観的に観ることができます。それは他事と同様に冷静な目で分析することができるということです。
日頃から斜め上の位置から自分がいまどのように見えるのか傍観できるように意識したいものです。斜め上からということは、上からの目線となり、多少冷淡に捉えることができるということです。またその位置は「神様に見られている」にも繋がりそうです。
[参考]
大至急お願いします!漢文の韓非子の楚威王欲伐越。杜子諫曰、… – Yahoo!知恵袋

[人を動かす名言名句集―21世紀に生きる]

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平成27年(2015年)5月1日から平成28年(2016年)4月30日までの今日の一言は「中国古典一日一言」守屋洋(著)から、同月同日の一言をもとに自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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