「考えよう、答えを出そうという姿勢が相手から引き出せる機会になる」不憤不敬、不悱不発

憤せずんば敬せず、悱せずんば発せず

―不憤不敬、不悱不発―

[原文](論語)
子曰、不憤不敬、不悱不発、挙一偶不以三隅反、則不復也 。
[書き下し文]
子曰く、憤せずんば(ふんせずんば)啓せず、非せずんば発せず。一隅を挙げて、三隅を以て反らざれば(かえらざれば)、則ち復(ふく)せざるなり。
[原文の語訳]
孔子が言う「自分で調べることもせず、考えもしなければ教えたくもないし、もう少し答えが出そうだとというのであればヒントくらいは与えてあげましょう。一つを例に挙げて説明した場合に、類推応用して三つの返答をしてくらいでなければ、二度と教えることはしません」。
[解釈]
自分で調べることもせず、考えもしないですぐ周りの人に頼る人がいます。若いうちならともかく、大人になってもこうでは困り者です。考える努力をしていれば教えることはするし、もう少し答えが出そうだとというのであればヒントくらいは与えても良いでしょう。
なんでも考えることなく人に振るようでは血肉にならないし、根本の理解すらできないでしょう。ひょっとするとなにが問題なのかすら認識できてないかもしれません。こういう人は受動的で、自分から動こうとはしないでしょう。
1を聴いて3を返すというのは、この今日の一言のように、一言に複数の解釈の仕方をしてみて実際に日常生活の中に当てはめてみる、数式を幾つかの生活場面で活用できるという意味でしょう。
新しい土地に赴任した時、地域のことを知ろうと先輩や地元の人に積極的に質問していけば、相手もやる気を感じて教えてくれるでしょうし、相手も新たな視点からの今まで気づかなかった発見があるかもしれません。
[参考]
『論語 述而篇』の書き下し文と現代語訳:1
憤〔ふん〕せずんば・・・ 〔第929回〕 | 日比野満コラム

[中国古典一日一言]

今日の一言は「中国古典一日一言」守屋洋(著)から、同月同日の一言をもとに自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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