「日頃から辛さを思う」処富貴之地、要知貧賤的痛癢

富貴の地に処しては、貧賤の痛癢を知らんことを要す

―処富貴之地、要知貧賤的痛癢―

[原文](菜根譚)
処富貴之地、要知貧賤的痛癢
[書き下し文]
富貴の地に処しては、貧賤(ひんせん)の痛癢(つうよう)を知らんことを要す
[原文の語訳]
冨貴な環境で何不自由ない状況でも、貧賤な環境にいる者の苦痛な思いを理解することを心がける。
[解釈]
弱者を思う心、人の痛みを理解し、労りの気持ちを日頃から持ちたいものです。
また、楽あれば苦ありです。いつ自分の境遇が暗転するかわかりません。相手の立場になった時のことを考えて危機管理をする必要もありそうですし、対策を講じていても残念ながらそうなってしまった時を想定して考えておく必要がありそうです。
自身、調子の好不調の波があります。そこにも当てはまるでしょうし、辛い時期を越えてきたのであれば自信にも繋がりますが、そこで驕ってはいけないのです。
歳を重ねると「若いころは…」と思い返す機会が増えてきます。記憶や健康面に関しては顕著にあらわれてくるものですよね。そう考えるとあまり無理し過ぎないよう、自分の体を労る気持ちも出てくるのではないしょうか。
芸能界では一発当たった時にギャラを散財してしまったことを後日談として語る人がいますが、この意識が薄いのか先輩から「当たったら一等地に住め」というアドバイスを受けるそうなので、忠実に実行しているのか…。
[参考]
菜根譚(処富貴之地)|諸教帰一のブログ
富貴の地に処しては、貧賎の痛癢を知らんことを要す:原文・書き下し文・意解 言葉の散歩道87 | ナオンの言葉の散歩道

[中国古典一日一言]

今日の一言は「中国古典一日一言」守屋洋(著)から、同月同日の一言をもとに自分なりに追記や解釈して掲載しています。

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