[共同通信]【凛九 伝統工芸を継ぐ女性たち】その四《有松・鳴海絞》大須賀彩さん 「伝統的な技法に現代的な感覚を取り入れて発展させていきたい」(2021/11/7掲載)

大須賀 彩さん。
大須賀 彩さん。

東海地方で活動する女性伝統工芸家9人のグループ「凛九」のメンバーを紹介する連載インタビュー。第4回は、日本に伝わる染色技法の一つ「有松・鳴海絞」のくくり職人、大須賀彩さん。「縫う」「くくる」「挟む」の3つの動作を使い、糸で布地を強く巻き圧力を与え、染料が入らないようにして柄を出していく絞り染め。400年の歴史を持ち100種類以上もの技法がある「有松・鳴海絞」に現代的な感覚をプラスしていく大須賀さんに、独創性へのこだわりや、3歳になったばかりの娘さんの子育てをしながらの職人生活などを聞いた。

とことん学ぶために大学院まで

――高校卒業後短大へ、その後大学に編入されたのですね。

大須賀 デザインの勉強ができる高校に通っていました。短大では服飾や調理を中心に学んでいましたが、そのころから染色に興味を持っていました。染色についてもっと学びたいと思い、名古屋学芸大学メディア造形学部に編入しました。そして先生に導かれる形で大学院まで進み、大学に4年間勤務しながら、学会で絞りの論文発表をし、受賞する経験もいただきました。

――大学在学中から、100年以上続く有松絞の「suzusan(スズサン)」4代目村瀬さんに8年間弟子入りし、くくりも染色もできる職人になられました。

大須賀 当時、スズサンが海外からインターンシップの学生を積極的に受け入れていて、「ラオス人とドイツ人の学生が来るから来週から来る?」と言っていただいて。言葉の壁もありましたが、絞り染めを習得したいという目指す方向が一緒だったので、切磋琢磨(せっさたくま)することができました。スズサンにいさせていただいた8年間、半年から1年ぐらいの期間で入れ代わり立ち代わり、海外の方がいらして、交流することができました。日本の技術はやはりすばらしいなと感じ、日本にいられる自分はもっともっと技術を積極的に学びたいと感じました。

――とことん突き詰めていく性格は幼少期から?

大須賀 1つのことに集中する子だったようです。よく母が言っていたのですが、アリを追いかけるのが好きで、ずーっと何時間も見ているような子だったそうです。興味を持った対象がその後どうなるか、ずっと見るのが好きな子だったようです。2歳の頃から遠視のため分厚い眼鏡を掛けて、色を塗る訓練をしていたことも、色彩に関心を持つきっかけになったかもしれません。ビーズをノリでくっつけていろいろな形を作ったり、折り紙に切り目を入れて七夕飾りのような飾りを作ったり。こう切ったらどんな形になるんだろうと考えながら遊ぶのが好きでした。

――染色とは関わりのあるご家庭ではなかったのですか?

大須賀 父は漁師、母は保育士です。1つの仕事をずっと続ける両親を見ながら育ちました。母は、私のやりたいことをいつも応援してくれました。父は、私が職人の道を目指し始めた頃は、「女の子は短大で学ぶので十分ではないか」という感じでした。でも、漁師という仕事も見て学ぶ世界。私が学び続けたいという思いを持って進む中で、いつも陰で応援してくれているようです。父は言葉には出さないのですが、母からそんな様子をよく聞きます。

伝統を守りつつ現代的な感覚で広げていく

――絞り染めの魅力は?

大須賀 絞り染めは縫う・挟む・くくるという3つの動作でできており、「知多木綿」「三河木綿」「伊勢木綿」と木綿の産地に囲まれている有松にとって大変身近なものでした。有松で生まれた難しい技法がたくさんあり職人の熟年された技、そしてどのように絞っていくかによって柄が変化していきます。有松・鳴海絞の技法は100種類以上あるといわれてきましたが、時代と共にその技法も減ってきているのが現状です。そんな中、自分なりにもっとこうしたらこういう柄ができるんじゃないかと新しい発想を取り入れ模索しています。

有松・鳴海絞には、基本的に「1人1技法」という背景があります。若手で70歳、半人前で80歳、90歳で一流職人と言われている中、30代の私は1つの技法に限定せずにさまざまな技法に取り組み技術を向上させていきたいと思っています。

「巻き上げ絞り」の作業。
「巻き上げ絞り」の作業。
――専門とされているのはどのような技法ですか?

大須賀 私が一番得意としているのは「手筋絞り」です。弟子入り時代、一番手掛けさせていただいた技法なのですが、初めに取ったひだを最後まで何メートルもつなげていく潔さや大胆な表現が、自分に一番合っていると感じています。

大須賀さんが得意とする「手筋絞り」の作品。
大須賀さんが得意とする「手筋絞り」の作品。

他にも「板締め絞り」の種類にある「雪花絞り」を使い、1つの柄に多くても3色くらいまでしか入れられなかったところを4色5色と多色使いし、染料と染料の重なりをそのままデザインしています。柄の見え方は正に万華鏡のようです。

「板締め絞り」で染めた麻ストール。
「板締め絞り」で染めた麻ストール。

有松に400年続いている畳み方や絞り方との中で、染料の調合や染色時の温度、使う加工法などを変え、オリジナルのデザインに取り組んでいます。布を締める力が弱いと染料が入り込んで柄が揺らぐことを「泣く」と表現するのですが、これまでタブーとされていたことをそのまま「かっこいい!」と思えるような、今までなかった表現ができるチャンスだと思っています。これからも残すべきものを残し、時代に合わせた新しい形、自分にしかできない表現を提案していきたいと思っています。素材があって技法があって、何をどう組み合わせるか。元々は調理やファッションを学んできた私にとって同じことだと感じています。

念願のアトリエ「彩AyaIrodori 」オープンから1年

――ご自宅兼アトリエを昨年8月にオープンされました。

大須賀 有松は、2016年に旧東海道沿いの町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。空き家もとても多いのですが、手放す方が少なくて、土地を購入するまでも2年ぐらいかけて交渉し、購入できたのが3年半前でした。オープンまでの間、妊娠・出産もあり、コロナ下でいろいろな資材がなかなか届かないなどの問題も発生しましたが、ようやくオープンして1年が経ちました。

正藍染のベビーウェアなど。
正藍染のベビーウェアなど。
――アトリエで毎日染色体験のワークショップを開催されているそうですね。

大須賀 有松を訪れた方が、有松ならではの知識や経験、楽しい思い出を持ち帰ってほしいなあと。休日は予約なしで参加できる形にし、平日も飛び込みの方を受け入れさせていただくこともあります。常に物作りができる場所にしたいと思っています。初めて取り組む方も、いかにハイクオリティーな柄、デザインが作れるか。こんな場面でみんなこういうふうにしちゃうんだなとか、こんなふうに誘導すればこうなるんだなとか。1年間続けてきた経験が、教科書には書かれていない貴重なデータとして蓄積されています。

他県からオンラインのワークショップの問い合わせも頂いていて、少しずつできる範囲で開催していきたいです。

自分自身も楽しんでやらせていただいています。一番は楽しむことだと。作品作りも楽しむ気持ちがなければ良いものが作れないし、手にした方も幸せになれないと思っています。

気軽に参加できる染色体験のワークショップを毎日開催。
気軽に参加できる染色体験のワークショップを毎日開催。

家族を中心にみんなが笑顔になれる働き方

――娘さんが3歳になられたばかり。子育ても大変な時期ですね。

大須賀 子どもとの時間が楽しいですね。3歳の誕生日プレゼントでリクエストされた三輪車で、朝の1時間ぐらい散歩に行ったり、保育園の帰りに一緒にお買い物をしたり。娘はアトリエでも愛想を振りまいていて、人気者です。子どものそばにいながら産地を訪れた方に絞り染めの魅力を直接伝えることができ、ずっと思い描いていた夢の拠点で更なる挑戦へと思いが膨らんでいます。

3歳になったばかりの娘さんと自宅兼アトリエの前で。
3歳になったばかりの娘さんと自宅兼アトリエの前で。
――2021年の目標は「まいっかと思うようにし半目で生きる」。今年今までを振り返っていかがですか?

大須賀 以前はがむしゃらに詰め込むという感じだったのですが、こんな日もあってもいいとか、できなくてもいいとか、今やるべきことが分かってきたような感じです。子どもがいることで、これまでとは違った発見や子どもがいることで生まれる発想もあります。まとまった作業時間が必要な絞り染めにとっては、子育てが足かせに感じる時もゼロではありませんが、家族みんなが笑顔でいられるような、そんな動きをしていきたいなと思っています。

――凛九との出会いを通して変わったことは?

大須賀 リーダーの梶浦(明日香)さんに声を掛けていただいたころ、独立したてで壁にぶち当たっていました。1人でやっていくって大変だなって思っていた時期に、伝統工芸の分野で頑張っている女性たちがいることに刺激を頂きました。自分のことでいっぱいいっぱいでしたが、他の伝統工芸にも目を向けることができました。美濃和紙の松尾友紀さんとコラボした日傘用の手提げ袋も商品化されました。自分だけではできなかったことができるようになり、「こういったものがあったらいいな」という思いがかなう。楽しいです。

凛九の活動で徳川美術館(名古屋市)での展示に出品した手筋絞り染めのがま口バッグ。
凛九の活動で徳川美術館(名古屋市)での展示に出品した手筋絞り染めのがま口バッグ。

取材を終えて

大須賀さんが語る、若手ならではの感覚を取り入れた絞り染め技法への挑戦や、小さなお子さんがいる生活を中心とした職人生活は、とても自然体。「私は、ファッションやデザインの視点から伝統工芸の世界に入ったので、“伝統伝統”していないのかもしれません」と語りつつ、「有松・鳴海絞」の技法を極めていくこと、作品の魅力や絞り染めの体験の楽しさを広く伝えていきたいという熱い思いをみなぎらせていました。有松・鳴海絞の魅力を気さくに伝えてくれる職人さんとして、有松で多くの人との出会いを待ち、有松以外の人たちにも発信を続けていかれるのだと感じました。

取材・文/千葉美奈子

PROFILE

大学の授業で有松・鳴海絞を知り現地有松鳴海絞会館で展示品を見たのを機に職人になろうと決意。学業を続けながら老舗「suzusan」の四代目 村瀬裕氏に弟子入りし、括りも染色もできる職人を目指す。

職人歴8年の頃、括り職人は様々な絞屋で経験を積むべきとの助言を頂き「山上商店」へ移籍。 有松に100種類ある技法の中でも手筋絞り・雪花絞り・巻き上げ絞り・手蜘蛛絞り・板締め絞りを使い現代の感性をも取り入れた新しい商品を提案している。 2017年4月に独立。2020年8月に念願だった有松旧東海道沿いに自宅兼アトリエ「彩AyaIrodor」を オープンさせ、家族で楽しめる染め体験を開催して絞り染めの魅力発信をしている。

—–
【凛九 伝統工芸を継ぐ女性たち】その四《有松・鳴海絞》大須賀彩さん 「伝統的な技法に現代的な感覚を取り入れて発展させていきたい」 | 株式会社共同通信社

【凛九 伝統工芸を継ぐ女性たち】その四《有松・鳴海絞》大須賀彩さん 「伝統的な技法に現代的な感覚を取り入れて発展させていきたい」


—–

この投稿へのコメントは受け付けていません。

コメント一覧